先日、子供服の「ハッカキッズ」がブランドを休止する旨を新聞で知った。このブログでは「雑談」として書いた方がいいのかもしれないが、「ハッカ」ブランドには過去お世話になった。
このブログでは過去の仕事としてよく書いているが、群馬県高崎駅前の「ニチイ」を改装し「SATY」の業態を作る時、商品部にいた。俗にいうDCブランドの誘致も主な仕事だったが、商圏には百貨店2店舗あり、路面店にはブランドが軒を連ねていた。「ビギ」や「ニコル」は有名なFC先があり、後発のSCには見向きもされなかった。その時一緒に仕事をしてくれた店のフロア責任者が、路面店で「ハッカ」を経営していた。その方には大変お世話になったのだが、そのおかげで「ハッカオム」は導入できた。その後、子供服ブランドブームの時には「ハッカキッズ」も店舗を構えることができた。
あの当時のDCと言われたブランドのほとんどが消えていった。「ビギ」グループは三井物産傘下に、「ニコル」グループは岐阜アパレル傘下になり、その他のブランドもほぼ消滅した。「ハッカ」ブランドは、その当時規模は大きくないがブームから離れて自分たちの方向を向いていたように思う。その後「Madu」など飲食と融合したショップを開発し、きちんと立ち位置を確保している。当時は、須賀社長(当時)にも営業担当者にもお世話になった。西麻布の本社にもよく伺った。
その後、子供服ブランドブームがあり、うまく地元FCオーナーと交渉ができて、「コムサフィユ」「ミキハウス」「べべ」のテナント出店や「ミニバツ」「ミニK」「メゾピアノ」などと「ハッカキッズ」をSATY直営にしてゾーニングができた。地方でこれだけのブランドが揃うのは珍しく、活況を呈した。ただブームが去ってからは、SCが「ビブレ」になると同時にすべてなくなった。「なくなった」というか「なくした」。思い出すと1996年のことだった。
平成子供服ブランドブームは、バブル崩壊後どんどんマイナストレンドになっていった。もともと子供服は、ベビーサイズ、トドラーサイズ、スクールサイズに分けられ、さらにサイズも身長の10センチピッチで、細かい。つまりジーンズ専門店がなくなっていったのと同様、在庫を抱える商売になる。さらに子供の成長は速く、着飾れる期間は短い。ただトドラーサイズは子供が最もかわいい時期になり、ジジババ戦略でのギフトで最も売れる。
子供服を取り巻く環境だが、国内出生数の変化を見ると、1990年は約122万人が2022年には84万人、2025年には70万人前後まで落ち込んでおり、1990年の60%を割り込んでいる。つまり、完全に商圏は小さくなっている。さらに1990年代に「ギャップ」が日本上陸し、サイズ観念が変化していったこともあり、子供服市場が変化し、特にスクールサイズが一般衣料品市場に加わっていった。ただ売上数字を見ると、子供服市場は大きなマイナスはないらしい。高級志向、インバウンドニーズで高価格帯の子供服は売れており、「ミキハウス」「ナルミヤ」などは堅調に伸ばしてきている。さらに「西松屋」「ユニクロ」「GU」のボリューム層も数字は大きい。見え方はそうだが、スクール需要をどう捉えるかで、数字は変わる。おそらく、昔のセグメントで考えれば減少の度合いは大きい。さらに、過去の子供服専業メーカーは寡占化が進み、中小のメーカーは姿を消している。
今後、大手の海外展開や効率化で維持できるメーカーは少なく、さらに寡占化が進むと思われるが、「服」以外への取り組みが必ず必要になってくる。一部の大手のブランドを除いては、子供服専業のメーカーは間違いなく消えていく。
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