私用のついでに、久しぶりに三宮に行ってきた。10年ぶりくらいかも知れない。印象に残ったのは、神戸大丸と居留地のテナントが従来のお客様を依然集めていることと、南京町の観光客の多さだ。その反面、気になることもあった。
神戸大丸の居留地の開発は1987年のスタートとなっている。その当時見に行った時、「アニエスベー」が大丸南側の一角(38番街)にあり、売場に大きな円形金庫がむき出しで、その売り場造りに大きなインパクトを受けた。もともと外資系銀行の跡だったようだ。その後ラグジュアリー系のブランドなどを居留地跡に誘致し、現在では60店舗前後のブランドが店を構えている。その「アニエスベー」の跡も、改装中ではあるが「エルメス」に変わっている。その中心にあるのが神戸大丸で、このブランド開発がいまだに神戸のお客様に支持されている。売上は前期984億で、今期は1000億超えと発表されており、ピーク時に並ぶ数字になる。三宮駅前の旧そごう(現阪急百貨店)が今期売上520億でそごう時のピーク1500億から数字を大きく落としていることを考えると、立地面のマイナスを考えれば驚くべきことだ。ちなみに、当日も客数は平日にかかわらず非常に多かった。
すぐ近くにある中華街の南京町は、夕食の時間前だったが、非常に観光客が多かった。店舗改装で仮の場所で営業している「老祥記」は50人以上の列があった。昔たまに行った「民生」はオープン前で、献立を見ていたら、人気の「いかの天ぷら」「レタス包み」が3000円を超えていて、それでもオープン待ちのお客様がいた。海外客の方が多かったように見えた。
ただ、三宮はどうだったと聞かれれば、大丸近辺以外は普通の街になってしまったという印象かもしれない。今は、JR駅前が再開発をしていて工事中のインパクトが強く、街の雰囲気が見えないということもある。
「三宮といえば高架下」というイメージがあり、その昔の面影も年々なくなってきつつあったが、現状ではほとんどそのイメージはなくなってしまった。邪険にされながら靴を見ていた「森田屋」もなくなっている。すっきりした「タイガースブラザーズ」はあったが、ほぼ空きテナントだらけになっている。耐震工事以降、賃料の高騰や内装制限の厳しさが原因のようだ。
センター街は、地元商店がなくなり、ナショナルブランド(アダストリアやパルグループなど)の店が増えている。地元資本から大手資本に変わってきている。地元商店は商売するより賃貸の方が楽だからかもしれない。さらに、少しボリュームカジュアル層が増えているようにも見えた。昔のビブレがドンキになっていたり、どこの町でも見える光景で、三宮らしさがなくなってきたように見えた。ただ人通りは多く、ここでも観光客が非常に多かった。
三宮駅前のそごう跡の阪急が、そごうピーク時より1000億近く売り上げが減少している。高架下の少しとがった面白い店が消えて、その客層もどこかへ行ってしまった。当然そういう売上は他の商業施設へ移っているだろうが、その痕跡が見えにくい。
神戸にあった一般企業の支店が、大阪支店に統合されるケースをよく聞くように、関西の大阪一極集中が進んでいる。特に神戸は開発が急ピッチの梅田に直結する。電車で20分の距離でもある。東京に対する横浜と比べて、面積が小さく、東西に細長い。つまり、大阪の衛星都市の1つになりつつあるのかもしれない。神戸らしい大丸界隈の売上は維持しているが、その他の客層の流出が大きそうだ。今工事中の再開発に期待するしかない。
ただ、福岡の再開発物件のように「高級ホテル」+「オフィス」+「ハイブランド」のようなビルは三宮には必要ない。
■今日のショット(寂しい高架下)

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