いろいろ考えるところがあり、立ち上げた店のMDの考え方を書いてみたい。
まず、どういう業態をやろうというヒントは昔在籍していたニチイ(マイカル)にあった。
何度か書いているが、小売業のニチイ(マイカル)に入社して、退職時はビブレの営業の責任者だった。そういう意味でビブレの状況はよく理解していた。ビブレは食品以外でも20以上の直営売場(ショップ)を持っており、ブランドショップと並列で商売をしていた。20以上のSCを持つビブレで展開しているのでそれなりの規模にはなる。そこがデベロッパー型小売業とは違うところでもあった。マイカル倒産後、イオンの管財人から各直営売場の分析を指示された。小さなショップを除くと黒字売場は2つの直営売場しかなかった。そしてその時、「PLだけか?BSはないのか?」と言われた。この言葉はずっと忘れられない。BSを見れば当然2つの売場とも黒字倒産状況だった。
その2店が「メンズジーンズ」「メンズ服飾」だった。「メンズジーンズ」は在庫を抱えてボリュームを出していく昔の商売で、その過剰在庫が評価損を先送りさせていることで見かけの利益を維持させていた。トレンドに走ってブランドを展開すればますます在庫の深みにはまっていく。「メンズ服飾」も同様で両ショップとも季節感がほとんどなくブランド商品の年間定番を売っているように見える店だった。そもそも当時のメンズヤング層は買う場所が限られていた。完全にトレンドに走る少ない客層とブランド志向の客層はいるが、その他のノンポリ客層の買う場所は非常に少なかった。中でも日常使いのジーンズやバッグは、ブランド層も含めてビブレ店内では上記2店舗に集中していた感が強かった。
ジーンズに関しては、DCブランド全盛期でも各地方には人気のあるジーンズショップはあった。ただ企業を拡大するにはその在庫額が重荷になってくる。現在のアパレル大手でも、アダストリアは北関東のジーンズショップ「ポイント」からスタートだし、ユニクロも父親がやっていた店をジーンズカジュアル店に変えてスタートした。パルもユニクロ同様父親の会社からジーンズショップを独立してのスタートだった。そしてそれぞれが、その業態を修正しての現在の姿がある。結果論にはなるが、方向修正ができなかった「ライトオン」や「マックハウス」「ジーンズメイト」などは上場企業としての立ち位置が変わっていった。
鞄業界は現状でもレディスが主力で、地方のかばん専門店も7割くらいはレディス中心でメンズの取扱いは小さかった。つまり競合する企業が少なかった。ただ吉田カバンの人気でメンズへの注目も上がってきており、特にビブレの「メンズ服飾」はアウトドア系も含め財布、アクセサリー(シルバー含む)や帽子などのグッズも揃え品揃えミックスで集客が大きかった。しかし、ジーンズ同様季節感のなさと単価アップで在庫は膨らんでいった。
ブランドビジネス以外で商売するには上記2業態しかないが、「ジーンズショップ」は各地域に地元色の強い有名ショップが根付いているし、どう考えても在庫がネックになると思っていた。さらにブランド仕入れの壁もあるだろうことは想定できた。つまり個人としての立ち上げは難しい。その点、メンズ服飾はまだあまり独立店舗での競合は少なく余地はあると感じた。そして最初から「吉田カバン」との取引は無理だと思っていて、制約あるブランドが少なく自由にMDがしやすいのかなとは思っていた。
そういう意味で「メンズ服飾」にターゲットを絞った。そしてその分析をしていった。
■今日のBGM(最初の店のイメージアルバム)

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